陸前高田市広田町に行った…
前回の投稿から、28日も間があいてしまった。
つくる【 制・創 】
まつる【 祭・祀・禦・宜 】
広田に住む伯母が病気で亡くなり、通夜、葬儀に出席した。昨年の大津波で有名になった、あの陸前高田市だ… 昨年の 8月にも行ってきた。で、復興の兆しがあったかというと、残念ながら道のりはかなり険しい…というのが率直な感想。震災時の爪跡は、まだアチコチに残っている。
まずは気仙沼へ
かつて、鉄道で陸前高田へ行くなら、一ノ関から大船渡線に乗り換えれば済む話だったが、現在の大船渡線では気仙沼までしか行けない。その先は、ほとんどの駅が津波で流されてしまった。線路が寸断された…というレベルではない。駅も線路も流されてしまった。
そんな訳で、陸前高田、大船渡方面へ行くなら、気仙沼からレンタカーやタクシーを使うことになる。気仙沼~陸前高田までは
小型タクシー:片道8000円ぐらい レンタカー :一泊8000円ぐらい(?)
参考として、気仙沼で撮った写真を貼っておきます(時刻表・観光案内図)。
追記:写真(原寸大)リンク
気仙沼 ⇒ 一ノ関 時刻表:http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/f/foussin/20120714/20120714110914_original.jpg
観光案内図:http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/f/foussin/20120714/20120714111949_original.jpg
津浪と聞いたら欲捨て逃げろ
これは、広田町中沢の高台から広田湾を見下ろした写真。
私の父の実家のすぐ傍には『国指定中沢浜貝塚』という遺跡がある。その遺跡からさほど離れていない場所に、津波への警戒を呼びかける石柱がある。左の『赤い矢印』がそれで、『津浪と聞いたら欲捨て逃げろ』と書いてある。
地元住民の話によると、津波が来たら、この石柱よりも上へ登れば大丈夫…ということらしい。今回の津波も、ここまでは来なかったそうだ。
従兄弟(いとこ)の話では、貝塚を作った縄文・弥生人たちも、この高台で暮らしていて、津波の被害に遭わずに済んだ… 古代人たちの教訓が活かされなかったのが残念でならない… そんなことを言っていた。
いとこは考古学の専門家ではないので、上記の裏付けがちゃんと取れているかはちょっと怪しい(縄文時代と現在の土地が同じ標高にあったとは思えないし)。でもね、生々しい写真を載せるより、なんらかの教訓的な記事を書きたいと思っていて、それでこんなことを書いてみた。
ところで、その石柱と同じ事が書かれている石碑が他にもある。が、自分はその場所をよく知らない(どこかの学校にあるらしい)。で、Web で探してみたら、その石碑について書いておられるサイトがありました。
http://www.uchinome.jp/document/document3_07_2.html 三陸沿岸被災地2 陸前高田市広田 2 (ウチノメ屋敷 レンズの目) http://rikutaka.blog.fc2.com/blog-entry-359.html 中沢浜貝塚 (再生 陸前高田)
無断リンクです…