風 山 堂

(foussin's diary)

旧暦

 今回は、地球の車窓…の予備知識ネタ。

 月食は、必ず満月の日に起こる…それは間違いない。6月4日(月) に部分月食があるが、その日を月齢カレンダーで調べたら、確かに満月 (旧暦の4月15日) になっている。同様に、日食が起こるのは、必ず新月(朔)の日だ。


 太陰太陽暦では、新月の日を『朔日(ついたち)』とする決まりがある。それならば、古文書の史実に掲載された日食の記録は、必ず『○月一日』になっているはず。

 さっきウィキペディアで『日食』を調べてみたら、やはり、日食は『旧暦の一日』に起きていることが確認できた。


 旧暦では月の運行に基づいて日付が決められる。その旧暦の中で暮らしていた人々にとって、日食が朔の日に起こることは常識だったに違いない。

 そうなると、当時の暦学者、天文学者にとって、日食を予測することは命懸けの事業だったと推測できる。もしも、日食が一日ではなく、晦日や二日に起こったら、朝廷や幕府の威信に泥を塗ることになる。そうなったら、死罪は免れないだろう、たぶん。


 新月の日を一日とする…という決まりも、よく考えるとミスを誘いそうだ。天候次第では、新月の前後数日間ぐらいは月が見えない日が続く… 目印のない日を月の一日目と決める。これは一種の賭けみたいなものだ。そうやって、さらに暦学者のプレッシャーに拍車をかけることになる。ああ、可哀想に。

 ウィキペディアによると、約 1200年ぐらい(?) にわたって日食が一日に起こるように、きっちりと暦を編纂していることが分かる… この矛盾の無さと、その労力たるや賞賛に値すると思う。これは、日食という難題があったからこそ達成できた偉業かもしれない。


 早いうちに太陽暦に移行した西洋では、食と日付に関連性がなかったから、日付と季節のズレを補正するのが大幅に遅れた…と言えなくも無くもない。結局、1582年(乱年と呼ばれているらしい)のグレゴリオ暦の改暦によって、強引に矛盾を修正している。


 ところで。

 現在の旧暦は、精密な天文計算を駆使して機械的に作られている。これは裏を返すと、昔の旧暦と今の旧暦は、連綿と繋がっているわけではない…ということを表している。まあ、現在の旧暦は正式なこよみではないので『通年表記』をしていない。だからこそ精密な天文計算を当てはめられるようになっている。。。